環椎軸椎不安定症(Atlantoaxial Instability)

背景

環軸関節とは、7つある頚椎の中で、第一頚椎(環椎)第二頚椎(軸椎)からなる椎間関節です。環軸関節は、脊椎の中で唯一、椎間板が存在せず、種々の靭帯により安定性が保たれており、頭部の回旋運動を担っております。

環椎軸椎不安定症は、軽度な不安定性の場合は、無症状のことも多いですが、重度な不安定性もしくは亜脱臼が認められる場合には、頚部痛、歩行異常、四肢の麻痺および呼吸異常などの症状が認められます。若齢の体格の小さな小型犬種、特に、チワワ、トイプードル、ヨークシャーテリア、ポメラニアンなどの症例が多いですが、中高齢のミニチュアダックスフンドでも発症が認められます。

また、環椎軸椎不安定症は、頭部上位頚椎接合部形成異常(CJA)の一つに含まれ、外科治療を優先すべき疾患として、認識されております(Takahashi F. et al. JVMS 2018, PMID:29398673)

環椎軸椎不安定症非罹患犬のCT画像 写真
環椎軸椎不安定症非罹患犬のCT画像
左:3D-CT再構築像、右:CT矢状断像

病態

環椎軸椎不安定症は、一般的には、先天性要因(歯突起形成不全や環椎骨化不全など)が関与していることが多く、日常生活での軽微な外力により、環軸関節の亜脱臼が誘発されることで、脊髄の圧迫損傷が引き起こされます。稀に外傷性の事故により、発症することもあります。

若齢の場合

若齢の患者の多くは、軸椎先端部の歯突起における形成不全(無形成、低形成、分離、未癒合)が原因となることが多いです(Takahashi F. et al. AJVR 2017, PMID:29182395)

歯突起は環軸関節の安定に重要な役割を果たす靱帯の付着部位であるため、歯突起形成不全が存在する場合、靱帯の制動効果が充分に得られず、環軸関節の亜脱臼が生じます。

歯突起形成不全を併発した環椎軸椎不安定症のCT画像
歯突起形成不全を併発した環椎軸椎不安定症のCT画像
左:歯突起無形成、右:歯突起分離

中高齢の場合

若齢時より、環軸関節の軽度な不安定性が潜在していたにも関わらず、無症状で経過した症例が、日常生活での軽微な外力が加わることで発症します。中高齢の症例では、歯突起の構造は正常であることも多いですが、CT検査を行うと、その多くに環椎背弓の骨化不全があることが分かっております(Takahashi F. et al. AJVR 2018, PMID:30256148)

環椎背弓に骨化不全が存在する場合、背側環軸靱帯の制動効果が充分に得られず、亜脱臼を引き起こすことがあると考えられております。歯突起が正常な構造を持っている症例で、亜脱臼が起きた場合、重度な脊髄圧迫が引き起こされます。

左:正常な環椎背弓構造のCT横断像、右:環椎背弓骨化不全のCT横断像
左:正常な環椎背弓構造のCT横断像、右:環椎背弓骨化不全のCT横断像

診断

臨床症状、神経学的検査、X線検査、MRI検査、CT検査により診断します。

症状

  • 頚部痛による頚部のこわばり(頚部を動かしたがらない)
  • 頭を下げたがらない
  • 四肢のふらつき
  • 四肢麻痺
  • 呼吸異常

検査

神経学的検査

四肢の姿勢反応の異常および上位運動ニューロン兆候

X線検査

環軸関節背側の拡大/アライメント異常、歯突起の形態異常
X線ストレス撮影は診断に有効な手段ですが、亜脱臼症例では、細心の注意が必要です。


環椎軸椎不安定症のX線ストレス撮影 写真
環椎軸椎不安定症のX線ストレス撮影(左:伸展位、右:屈曲位)

CT検査

CT検査は、脊椎骨格の3次元化が可能であり、診断と手術計画に役立ちます。

【3D矢状断像】

3D矢状断像 写真
左:環椎軸椎不安定症非罹患犬、右:環椎軸椎不安定症罹患犬

【3D横断像】

3D矢状断像 写真
左:環椎軸椎不安定症非罹患犬、右:環椎軸椎不安定症罹患犬

環椎軸椎不安定症非罹患犬においては、歯突起は環椎歯突起窩に存在し、脊柱管腔が保たれております。一方、環椎軸椎不安定症罹患犬では、軸椎の背側変位および歯突起先端部の骨片などが認められます。

MRI検査

MRI検査により、脊髄圧迫の程度を含む脊髄損傷の有無などを診断します。また、環椎軸椎不安定症以外に水頭症や脊髄空洞症などの異常の併発(頭部上位頚椎接合部形成異常;CJA)を確認することもできます。他のCJAの病態を術前に診断することは予後を予測するうえで、非常に重要です。

【T2強調画像 正中矢状断像】

T2強調画像 正中矢状断像 写真
T2強調画像 正中矢状断像 左:環椎軸椎不安定症非罹患犬、右:環椎軸椎不安定症罹患犬

治療法

内科療法

鎮痛剤の内服とコルセットの併用により行います。しかし、環椎軸椎不安定症は外科療法でのみ根治する疾患であり、当院では、手術までの待機期間が、その適応としております。

外科療法

環椎軸椎不安定症に対する外科療法としては、腹側固定術により行うことが一般的ですが、必要に応じて、背側減圧術も併用して実施します。当院では、複数のチタン製インプラント(ピンおよびスクリュー)とポリメチルメタクリレート(骨セメント)を用いた腹側固定術を実施しております。

また、手術の際に上腕骨より骨髄を移植し、将来的に環軸関節を骨性癒合させることが手術の目標となります(Takahashi F. et al. JVMS 2022, PMID:35387953)。環椎軸椎不安定症の症例では、水頭症や脊髄空洞症などの病態を併発していることもあり、チタン製インプラントを使用することにより、将来的にMRI検査を必要となった場合にも撮影することが可能となります。

また、当院では術前に3Dプリンターを使用して、3Dモデルを作成し、手術計画に役立てております。

環椎軸椎不安定症罹患犬の3Dモデルを使用した術前計画 写真
環椎軸椎不安定症罹患犬の3Dモデルを使用した術前計画
術後X線検査検査(左:側方像、右:腹背像) 写真
術後X線検査検査(左:側方像、右:腹背像)