頭部頚椎接合部奇形     (Craniocervical junction abnormality;CJA)

[背景]
 医学領域では、「小脳扁桃・虫部および脳幹の頚椎管腔内への嵌入を認める小脳脳幹部奇形」を総称して、キアリ奇形と呼び、4型に分類されております。

 獣医領域でも、ヒトのキアリⅠ型奇形に類似した「後頭骨の形成異常に起因した小脳の尾側・腹側方向への変位に起因した脳神経系障害を主徴とする疾患群」を従来、キアリ様奇形と呼んでおりました。しかし、犬では延髄頚髄接合部の大槽の狭窄は認められるものの、ヒトのキアリ奇形のように明らかに小脳が脊柱管内に変位していることが少なく、多くの場合、後頭骨縁が頭側に食い込み小脳が圧迫されている所見がみられることや、後頭骨の骨欠損などの所見を併発することから、後頭骨尾側形成不全症候群(Caudal occipital malformation syndrome:COMS)と呼ぶようになっておりました。

 キアリ様奇形やCOMSはほぼ同義であるものの、その病態は未解明な部分が多く、明確な定義のもと正確に用語が使い分けられてはおりません。現在、最も新しい知見として、MRI/CT検査の画像診断の普及に伴い、トイ犬種の延髄頚髄接合部には、頭蓋底陥入症、環椎後頭関節不安定症および環軸椎不安定症などの形成異常が併発して起こることが多いことが指摘されるようになり、キアリ様奇形を含む後頭骨にかけて発生するこれらすべての形成異常を表す複合疾患として、頭部頚椎接合部奇形(CJA)という名称が使用されるようになってきております。

[病態]
 CJAの病態発生は完全には解明されてはおらず、なぜ、トイ犬種の後頭骨-上位頚椎領域に上述したような複数の病態が併発しているかに関しては、現在も様々な観点から研究が行われている最中です。

 また、病態の一説として、後頭蓋窩容積が小さいために、下後方へ変位した小脳により、または延髄頚髄接合部における髄膜の進行性過形成により、第Ⅳ脳室以降の脳脊髄液(CSF)の循環動態が変化し、水頭症や脊髄空洞症が誘発されていると考えられております。

[症状]
水頭症、脊髄空洞症、環軸椎不安定症などの併発している病態により様々な症状が認められます。

[診断]
MRI、CT検査を行うことで、今までは診断できなかったような様々な病態が診断できるようになってきました。

X線検査:
環軸関節を含めた頚椎の異常を探査的に評価するうえで有用な検査です。

左:環軸椎亜脱臼症例 右:環軸椎亜脱臼と第2-3頚椎の塊状椎骨を併発した症例

CT検査:
後頭骨から上位頚椎領域に発生する骨の形成異常を評価するために、3D再構築されたCT画像は非常に有効です。

代表的な骨の形成異常としては、
後頭骨形成不全、環椎後頭部オーバーラッピング、歯突起形成不全、環椎の骨化不全など

左:後頭骨の形成不全(3D-CT再構築像)右:頭蓋底陥入症(環椎後頭部オーバーラッピング)

MRI検査:
頭頚部接合部領域においてみられる様々な脳や脊髄の特異的所見を検出可能です。これらは、治療方針を立てるうえで、予後評価因子としても非常に有用です。

CJA症例のMRI検査 T2強調画像
左:小脳尾側の圧排所見と脊髄空洞症の併発 右:側脳室の拡大所見

[治療]
 現在のところ、本疾患に対する明確な診断基準および治療指針は提示されておりません。
環軸椎不安定症が存在する場合には、外科的な安定化術が優先的に対応することが推奨されております。水頭症や脊髄空洞症に対しては、臨床症状が軽度な場合には、髄液産生を抑制するような内科治療がまず実施され、場合によっては脳室腹腔短絡術(VPシャント)などが適応されます。また、延髄頚髄接合部の減圧手術としては、大後頭孔減圧術(FMD)が適応されることもあるが、その長期的な治療成績に関しては検討段階です。

脳室腹腔短絡術(VPシャント)を実施した症例のX線検査(側方像)